ENo.1305 ジンとニック

ニック「よっしゃ、やりやしたねアニキ！」

ゾンビ共を蹴散らして、アニキの方へ振り返り――

ニック「ってアニキ!?」

アニキが倒れてるじゃねェでやすか！さっきまでぎこちねぇながらも確かにアニキの援護射撃があったってぇのに…。+BR+急いでアニキの様子を調べてみたものの、目立った外傷は特にナシ。呼吸やその他にも異常ナシ。こりゃあ、緊張の糸が切れて気を失った状態に近ぇ感じでやすかね。

ニック「アニキ…頑張りやしたね。」

意識のないアニキを背負う。前回は敗走でやしたけど、今回はそうじゃねぇ。日没までには十分オルゼにたどり着けるくらいの余裕はある。+BR++BR+アッシがアニキの様子を見ている間に、レムネットの嬢ちゃんは洋館に入って何やらドタバタしてたみてぇだが、どうやらお目当てのものが見つからなかったっつー感じで残念そうに館から出てきた。

「・・・・・・今日はありがとうございました。また今度、よろしくお願いします。それでは、これで失礼します・・・」

そうアッシ等に告げると、とぼとぼと去っていく。+BR+嬢ちゃんを見送った後、アッシとアニキの二人分の荷物を持って歩き出す。+BR+さて、アッシ等もオルゼへ向かうとしやすか！

今はもう無い、懐かしい景色。

まだ何も知らない頃の、昔の夢――

「あ～っ!!兄様、こんな遅くまでどこ行ってたのよもう！」

目を吊り上げた白兎の少女が詰め寄る先には、瓜二つの顔立ちの白兎の少年。

「今日は外国のお祭りの話を聞かせてくれる約束だったじゃない！」

「すまんすまん、用事が長引いてな。ほら、土産だ。」

少年は苦笑しながら、硝子細工のペンダントを手渡す。

少女は素直にそれを受け取ってしげしげと眺める。

「わぁ…素敵…。ってちょっと兄様!!はぐらかそうったってそうはいかないんだから！いくら急用だからって約束を破った罪は重いわよ！」

興味がペンダントへ移ったのもつかの間、すぐに当初の目的を思い出す。

少年は観念したのか、

「あぁ、分かった分かった。約束を破った代わりと言っては何だが、明日は一緒に出掛けないか？」

その言葉に、少女は

「ホント!?…うむ、ならば良し！特別に貴方の罪を許しましょう！」

と仰々しく頷いた――

――のは、前日の話。

「で、どういうこと？そもそも何処へ行く気なの？」

渡された袋を手にし、少年へと尋ねる。

「それは行ってからのお楽しみだな。『それ』に着替えたら行くぞ。あと、今回はばあやには内緒だ。最近身体の調子が良いとはいえ、薬は忘れるなよ？」

少女は納得のいかない顔をしつつも着替えに部屋へ戻って袋の中身の物へと着替え――

「…どう見てもこれって、町娘の服装よね。」

姿見に映る少女の服装は、一般民の普段着といった格好。

それと同時に扉がノックされた。少女が入室を許可するとこちらも着替えた少年が入ってくる。

「よし、着替えたな。忘れ物は無いな？では、行くとしよう。」

「兄様、その格好…」

「ん？あぁ、中々様になっているだろう？お前のそういう格好も中々新鮮で似合っているぞ。」

少年の服装も、一般庶民の青年が着ているような服装である。

「ん～、言われて悪い気はしないケド…なんか複雑…。」

眉根を寄せて悩む少女に対し、

「いいから行くぞ。」

半ば呆れながら少年が声をかけて歩き出した。

「あっ、ちょっと兄様、置いてかないでよ！」

少女は慌てて少年の後を追う。

別荘のある村を出て歩くこと四半刻――

「大丈夫か、レイ？ほら、着いたぞ。」

少年の言葉に疲れからか俯きがちだった少女は顔を上げる。

「ここって…隣町？」

「あぁ、そうだ。確かレイは来たことがなかった筈だな。」

「うん、そうだけど…そもそもわたし屋敷の外の村にすらあまり行かないし。」

「良い機会だ。民がどのような生活をしているか、お前も見ておくといい。…それでは行こうか。」

少年は少女の手を取って歩き出した。

手を引かれて歩く少女は疲れも吹き飛んだかのように辺りを物珍しげに眺め、時折足を止めて見入る。

そんな少女に歩調を合わせながら、少年はある一軒の建物へと少女を案内した。

入って早々、

「らっしゃいッ!!」

威勢のいい声が少年と少女を迎えた。

「…ってぇ、何だ、オメェか。」

そう言ったのは、目つきの悪い中年くらいの熊族の男。

「私で悪かったな。どうせ今の時間は暇なんだろう？」

仏頂面で返す少年。それに対して熊の男も「ケッ、相変わらず偉そうな上に可愛げのねぇ餓鬼だ。」と憎まれ口をたたく。

その様子を見て少女は、

「兄様、お知り合い？」

と少年に尋ねる。

「ん？あぁ、そうだ。彼はルカス。この酒場兼宿屋の店主だ。昔ちょっとしたことで知り合ってな。」

「ったく、どっかの餓鬼が良く冷やかしに来るから困るぜ。…んで、そっちは？」

ルカスが顎でしゃくって尋ねたのは、勿論少女の事。

「…彼女はレイ。私の妹だ。」

一瞬逡巡した後、少年が少女を紹介する。少女も戸惑いながら会釈する。

強面のルカスに見つめられて、緊張する少女。

「…へぇ。オメェみたいな仏頂面の餓鬼に、こんな可愛い妹がねぇ。そっくりな双子だって聞いてたから、もっとこう、オメェをそのまま女にしたかのような、仏頂面が二人並ぶ姿を想像してたんだが。なかなかどうして、こうも雰囲気が違うとはなぁ…」

ルカスは感心したように頷き、

「あのな…。」

少年が呆れ気味に溜息をつく。

「ええと…」

どうしたものかと、少女が迷っていると、

「おっといけねぇ、嬢ちゃん。何か飲むかい？ここは酒場だが、勿論酒以外の飲み物もあるぜ。」

「じゃあ、これを…」

少女が注文すると、ルイズは手際よく飲み物を用意して差し出す。

「ほらよ。一杯目はサービスだ。…で、今日は何の用だ？」

後半は少年に向けた言葉だ。

「…別に何も。今日はレイに街を案内するだけのつもりだからな。」

少年は何食わぬ顔で返す。

それを見てルイズはにやりと笑い、

「そうかそうか。なら、時間はたっぷりとありそうだな。じゃあ、嬢ちゃんにとっておきの話を聞かせてやろう。コイツがこの店に来たときなんか――」

「～～ッ、オイッ!!」

少年が慌てて会話を中断させようとするが、ルイズはニヤニヤと笑いながらも話をつづけ、少女もまた興味津々といった様子でルイズの話に耳を傾ける。

ついには少年は諦めたのか、卓に突っ伏して耳を塞ぐ。

その様子がまた可笑しくて、ルイズと少女は笑い声をあげる。

楽しくも穏やかな時間はゆっくりと流れて――

ジン「う…ん…？」

知らない天井が視界に移る。
どうやらどこかの宿屋かなにかのようだ。
ということは…また私は倒れてしまったらしい。

身体を起こすと、丁度連れが部屋に入ってきた。

ニック「おっ、アニキ、お目覚めでやすね！体調は大丈夫でやすか？」

ジン「あぁ、問題ない。それより…ゾンビの討伐は？」

そう、私達はゾンビの討伐の依頼の最中だったのだ。

ニック「へいっ、それでやしたら無事終わりやしたぜ！」

ジン「…そうか。」

どうやらコイツがきちんと始末をつけたらしい。
一応安心したが――結局これでは完全に克服したとは言い難い。
私が沈黙していると、奴が心配そうな顔で尋ねてくる。

ニック「アニキ、どうかしやした？やっぱ体の調子が悪いとか？」

ジン「いや…そういうわけではない。…大丈夫だ、明日からまた調査を開始するぞ。」

…そう、立ち止まっている場合ではない。
今回は駄目でも、次は必ず。
それに現状よりもさらに強い力が必要だ。

私は止まるわけにはいかない。
あの男を斃すまで。