ENo.928 蒼月樟葉

TURN-17

夜の帳が降りてくる。

次の街へと向かう途中に待ち構える先日よりも尚険しい地形。
その入り口である森の手前に陣を構え各々自由に休みを取っている。
誠治郎は余程疲れていたのか陣を敷き終わると直ぐに眠りに着き、
レコットは右腕を軽く弄ったあと熟睡する事なく目を閉じた。
数日前から野営中の警備は罠符「待ち伏せ部隊」が活躍している。
幸いな事に発動した事も無く、環境はどうあれ平和な行軍を続けられている。

私は二人から幾らか離れ、森を見る。

「少し期待してたんだけど……―――。」

―――。

―――同時刻。

石造りの廊下を一人のメイドが歩いている。
その顔面には山羊の様な模様が刻まれた仮面が張り付いている。
廊下の壁面や天井には些か悪趣味な装飾と照明が並び、扉の類は無い。
曲がり角も、突き当りも、見える気配の無い長い長い廊下だ。
その景色は幾ら進もうと変わる事なく、無限にも思える。
得られる情報は限りなく同一で単調、しかしそれでもメイドはまるで廊下の奥に吸い寄せられるかのように進んでいく。
立ち止まる事なく、ただただ真っ直ぐに。

やがてメイドは立ち止まる。
相変わらず廊下は変わりなく、前へ前へと続いている。
メイドは右手を左前に突き出し、ゆっくりとその手を右へ移動させる。
動く右手を追うように、目の前に一つの扉が現れて行く。
その扉の向こう側は変化のない廊下のまま、ただその場に扉だけが現れた。
メイドはゆっくりと二回ノックし、ドアノブに手をかけた。

「管理者……。」

「如何されました？」

一人のメイドを連れメリアは城の応接室へと向かっている。
蒼月樟葉が同行者と戯れに会話したその内容を考えていた。

「いえ、少しばかり気になったもので……。
　お客様を待たせてしまいます。急ぎましょう。」

「はい、メリア様。
　ハイド様だけでは喧嘩になってしまいますから。」

そういった事を想像したのかメイドは控えめに笑った。
正門方向、玄関の西に位置する応接室は訪れた客人に不満を抱かせぬ様に豪華とも質素とも広いとも狭いとも言えぬ絶妙な室内空間だ。
裏界に存在する貴族達も、襤褸を纏い汚らしい子供達も、すべからくこの城へ来た者はそこへ案内させられる。
武器の携行は許可されており、入城の際にチェックを受けることもない。
それは特に強大な存在程武器に頼る事が無い世界である事が理由の一つ。
とある世界の神格の多くは自らの身体能力よりも所持する道具に戦力を左右されることが多いが、その様な強さではこの世界で存在することは難しい。
本当の強者は武器や技術など持たない、武器や技術とは弱者が強者に勝つためのモノだ。
とかつてメリアの主人は言っていた。
強者が武器を持つ事は、タダの弱いものイジメなのだろうか。
メリアは自らよりも強い存在に立ち向かった事が無い、自らより弱い者を駆逐する事ばかりだ。
武器を持てば自信を得て、失えば不安を抱える。
私はまだ未熟なのだろうか、メリアは考える。

「メリア様？」

メイドの声で我に還る、応接室へと辿り着いた。
最近注意散漫な事が多いと自覚する。蒼月樟葉の監視任務に就いてからだ。

「すみません、では入りましょうか。」

２回ノックした後、扉を開き、中に入る。
応接室の中には既に三人居り、険悪な空気が淀んでいた。
一人は身内、ドラゴンケンタウロスのハイド。
一人は敵、ウェーブがかったセミロングの銀髪、太陽の模様が刺繍されたポンチョを羽織った少女。
一人は見覚えのない東洋人と思わしき男。

「客人を待たせるだけならず、こんな無礼な奴と顔を突き合わさせられるとは随分な待遇じゃない？」

ソファーに腰を掛けたポンチョを羽織った少女が応接室に入ってきたメリアとメイドに向かいそう放つ。
それに対しメリアとメイドは恭しく頭を垂れ非礼を詫びた。

「申し訳ありませんベル様、現在即座に対応出来る人員が限られていまして。」

その言葉にベルと呼ばれた少女は笑いながら返す。

「おやおや、ここは裏界でも指折りの人材が集まっていると評判だがな。」

「それもこれも誰かさん方が昼夜問わず攻めてきてるからだろうが！」

敵意をむき出しにしながらドラゴンケンタウロス、ハイドが噛み付く。

「面白い事を言うじゃないかハイド、昼夜なんてこの世界にあったっけねぇ？」

戯れる如く余裕を臆面無く晒しながらハイドをからかうベル。
事実、ベルの個人戦力は裏界十指には入る、地位的にもメリアやハイドの主であるimitationよりも上である。

「失礼ですが、そちらの方は？」

ベルの背後で警護するかのように佇む男が気になったのか、メリアはそう尋ねた。
ハイドとメイドは驚いた様な顔でメリアに視線を向ける。

「……何かおかしな事を言ってしまいましたでしょうか。」

居心地悪そうに視線を向けてきた二人に言う。

「い、いや……なんでもない。」

「身内でだけ盛り上がるとか、お客様だというのに私は寂しいわ。」

わざとらしい言葉にハイドは隠そうともせず舌打ちし、メリアは再び……今度は口だけで詫びる。

「それで、この子だっけ？
　最近拾った子なんだけどついでに連れてきただけよ。気にしないでよ。」

「かなりの力を感じますが……。」

「あら、随分下世話なのね。フフ……貴方の事は全然知らないけど。
　そんなに他人に興味を持つのは珍しいってそこの百面相が教えてくれるわ。
　でもこれ以上は秘密、今日は別にこんなものを見せに来たんじゃないんだから。」

己の事が話題というのに男は身動き一つせず、何の感情も表さず、一言も口にしない。

「では、本日はベル様の様な高貴な方がどのようなご用件で此の様な所へ？」

ベルは右手を頬に添えて笑顔を浮かべる。

「停戦しましょう。」

「「は？」」

ハイドとメイドの二人が同時に間抜けな声を上げる中メリアは冷静に応対する。

「了解しました。侍女長リル様、我が主人imitation様にもその旨伝えさせて頂きます。」

「ちょ、ちょっと待った！今回の戦争はそっちから勝手に仕掛けてきたもんでしょ！
　こっちは結局防衛しかしてないし、金色側はどうなんだよ！」

特に感情を感じさせぬメリアとは対照的にハイドは感情的に食いかかる。
ベルはハイドの言葉にため息を一つ吐き、話す。

「そう、別にこっちから兵を出さず勝手に戦闘止めても良いんだけど、ずっとこっちの警戒するのも疲れるでしょう？
　その心配を無くしてあげようってんだから感謝して欲しいわね。
　ルーの奴は知らないわ、これは私の個人的な話。大体アイツ気に食わないのよね、あんたらに攻撃仕掛けたのもちょっと協力してやっただけだし。」

「先ずは金色に味方し恩を売り、態々停戦として我々に恩を売りに来た、という事ですね。」

ベルの言葉に続いてメリルが簡単にまとめる。

「サ、サイテーだな……。
　こんな奴の言うこと信用出来るのか？
　金色を裏切って一人だけ戦線離脱って事だろ、そんな奴が何時また突然仕掛けてくるかわかんねーだろ。」

「それもそうですね。元々我々の同盟があった所に今回の攻撃ですし。
　何かその件に関してお話はありますか？ベル様。」

ベルは急に少女らしい表情を浮かべ不機嫌そうな声で、

「知らないもーん、私だって色々面倒なのよ、少なくともあんたらと本気で事を構えるつもりなんて無いわよ。
　第一位の名前使われたら弱いのよね私達72貴族は、折角アイツを倒す為に蓄えてた兵力を消費させられるしやんなっちゃう。」

と文句を垂れていると応接室に静かに響くノック音２つ。
ドアを開け入ってきたのは山羊の模様が刻まれた仮面を付けたメイドであった。
その姿を確認してメイドは慌てて姿勢を正す。

「ご歓談中失礼します、紅茶とケーキを持って参りました。
　後は私が引き継ぎますので貴女は持ち場に戻りなさい。」

「はい！了解しましたっ！」

リルはそういってメイドを下がらせ、四人分の紅茶とケーキをテーブルに並べた。

「停戦の申し出、私からも感謝を伝えさせて頂きますわ。
　我らの主も快諾しました。僅かですがお茶とケーキで荒んだ心を引いてくださいませ。」

「話がわかる城主と侍女で助かるわ。
　同盟を反故にした事はまぁ仕方なかったけど謝ってあげる。」

ベルは何の警戒もなくケーキにフォークを入れ一口食べる。

「次はしばらくそういうことしないって証に一つ案があるわ。」

「お聞かせ頂いても？」

「えぇ、最高の案よ。私が暫くここに住むわ。」

「はぁー！？」

ハイドは思わず声を上げた、それを見てリルはクスクスと笑う。

「なるほど、それは良い案ですね。貴女が居なければ貴女の軍勢は動かない。
　貴女にとっても、金色から身を守る為にここは都合が良い。
　そういう事ですね？」

「そーゆーこと、悪くないでしょう？
　……美味しいわねこのお茶、外界のモノかしら。」

「はい、侍女頭としてベル様の滞在、承認させて頂きますわ。
　宜しいですね？　……ハイドさん、メリアさん。」

仮面の奥に潜むリルの赤い瞳がハイドとメリアに向けられる。
メリアは特に異論なさげに何時もどおり頷き、ハイドは少し抵抗するように顔を顰めていたが、直ぐにこちらも頷き返した。

「ではお部屋を用意させましょう。そちらの殿方もご一緒に？」

「部屋は別にして貰えるかしら。これでも私乙女なのよね。」

「フフ、了解致しました。」

あっという間に進む会話についていけなくなったハイドは不機嫌そうにケーキを口に放り込み紅茶で流しこむ。

メリルは紅茶にもケーキにも手を付けず、普段よりもわずかながら真剣味を感じさせる表情をして口を開く。

「ベル様、リル様、ハイド様、突然で申し訳ありませんが聡明なお三方にお聞きしたいことがあるのですが。」

「何かしら、これから暫く同居するのだから親睦を深めても良いわよ？」

「どうかしましたか、メリアさん。」

「なんだ？」

三者三様の反応を確かめるとメリアは尋ねる。

「世界の管理者と、強さとは何かを、お聞きしたいのです。」