ENo.3330 ネイト・グラスウォール

平原の一本道。
右側に見えていたのはどうやら湖で、
フリストの南西にあったあの湖の南端になるらしい。
何で湖か分かるか、って言うのは
この先、平原の先が森林地帯となっているのだが、
南西に分かれた森林の道と繋がっているらしい。
つまり、完全に外界と隔離された水辺ってことになる。
左側……正確には南側か、そこには別の大地が見える。
別の大陸なのか、陸続きなのかは行って見ないと分からないが……。
とりあえず、あの森林を抜ければまた街があるらしい。

「……が、其の前に案の定ではあるな」

剣を抜いて構える。
目的の森林地帯はもう目と鼻の先。
休憩も取ったしこれからって時だった。
目の前に立ちはだかる存在が３体。
うち２つは整った顔立ちをしている人型だった。
少女の人形、リビングドールと言うやつだ。
魔物の種類としても割りとメジャーだ。

「こういうのって古い館とかに居ないか？」

ここは平原である。
まごう事なき外だ。
いや、全く居ないとは言わないが……リビングアーマーとか。
でもリビングドールはヤッパリ珍しい。

「そういうもんなのか？」

兄は気にした様子もなく槍を上下に振って感覚を確かめていた。
いや、こう言うのはせめて情緒と言うかなんと言うかだな。

「はいはい、どーでもいいんでとっとと片付けますよ。疲れてますし」

妹には流される始末。
まぁ、実際の所疲労は激しい。
先日、丸一日休息は取ったがそれでもあの敗戦はまだ後を引いていた。
それは自分の責任なわけで。

「分かったよ。まったく」
「…………」

涅槃雪も、今はその表情からは感情が読めない。
それは疲労の所為かそれとも敵を前にしてるからかは分からなかった。
左に剣を持ち、盾を持つ右をやや前に出す。
いつきても対応できるように、いつでも斬りかかれるように、だ。
それにしても

「……はぁ」
「…………？」

目の前にいるのはリビングドールだと分かっている。
分かってはいるが、それがあどけない少女の姿をしていると
多少の引け目は出てくる。
しかも、十分知識が備わっていないのだろう。
今も此方の反応に対して観察しつつ首を傾げるような動作をした。

「ドナタ……？」
「はぁ、やりにくいなぁ」
「ま、なんも分かってなさそうとはいえ向こうはそれなりにやる気みたいだしな」

兄は笑いながらそんなことを言う。
マァ、実際そうなのだが。
とはいえ、こっちにかち合わなければ向こうも臨戦態勢は取らなかっただろう。
こういう手合いは一定範囲内に入ってきた者を無差別に敵とみなす傾向がある。
お互い運が悪かったって事か。

「まぁ、そんなことよりも」

妹が二体の少女人形から視線を外し、脇の方を見た。

「私はアレが気になります」
「ああ、俺もだわ」

兄妹が気になる、と頷いている視線の先。
そこにいるのは……

「どうせ私のアンコが目的なんでしょ！？」

大福だった。

「なんだアレは」
「不可解すぎですね」

いや、大福だろ。
喋ってるけど。
嫌に飛び跳ねてるけど。

「あんなの、どうすりゃいいんでしょうね」
「全く見当が付かん。槍で殴れば何とかなるかな」

いや、槍なんだから刺せよ。

「なぁ、アレどうしたらいいと思う？全くわかんないわ」
「……いや、大福だろ。あれ」
「は？」

何故聞き返した。

「だから、大福だろ。普通に斬ったり突いたりすりゃ動かなくなるだろ」
「え、ええー？」

兄がそんな馬鹿な、みたいな顔でこっちを見てくる。
馬鹿はお前だ。

「なぁ、ネイトさんよ」
「んだよ」
「お前こっちに馴染んだのな、随分」
「余計なお世話だ！！」

にしても、うん。
まぁ、大福がしゃべったり飛び跳ねてる時点で普通は何かの間違いだと思う。
それを素直に受け入れてしまったのも事実だった。

「……嫌な現実だな、早く終わらそう」
「お、ようやっとその気に」
「俺だって大福が喋る悪夢みたいな時間はとっとと過ぎりゃ良いと思ってるさ」

半ばヤケバチに言う。

「ＯＫＯＫ、んじゃやろうぜ」
「んじゃ、俺は大福狙うわ」
「あ、ネイトてめぇ」
「妹と二人でリビングドール任せる」
「……はぁ、了解」
「えー、マジかよ。俺だって微妙に戸惑うわ」

妹が溜め息交じりに了承したので
兄もぶーたれながらもそっちへと身体を向けた。
と、思いきや……大福が飛び跳ねて少女人形達の後ろについた。

「ば、馬鹿な」
「後衛だと！？」

仮にも少女を置き去りにして自分は後ろで高みの見物か！
はしたない！大福はしたない！

「……はぁ、。何言ってるんですか。あの大福だって女性精神じゃないですか」
「「えっ」」

まじっすか。
いや、口調は確かにそんな感じがしないでもないけれども……。
でも精神が女性とか言って、その理論は身体が男って可能性もありうる。
その場合は普通に男と判断するべきだ。

「つまり、色々調べてみる必要があるな」
「ああ、これは大変なことになった」
「どうする？」
「斬ったりしたら分からなくなるかも、ココは刺撃が出来るアンタが」
「……いや、正直どーでもいいんで」

割と本気で議論していたら妹に何言ってんだこいつらって顔で止められた。

「それに、身体がどっちかは大した問題じゃないですし、あれに性別があると思ってるんですか？」
「「……ですよねー」」
「ならとっととはじめる！」
「…………」

イラッとした妹の声に押されて前を向く。
雪も無言のままだが……ま、こんな状況じゃちゃんとした意識あっても苦笑して困ってただろうな。
剣を向けると少女人形が身構えた。

「それじゃぁ、とっととやるか」
「アブナイヒト……」
「悪いが、こっちにとってもお前は危険だ」

斬りかかるが、どうも切っ先が鈍る。
浅く身体を裂くだけに終わってしまう。
こう、女の子のかっこうしてなきゃなぁ。
隣を見ると、兄の方も攻めあぐねている。

「ぐっ、攻撃しにくいな。ネイトさんよ、いけそうか？」
「いや……でも、本気でしないとな。そろそろやばそうだ」

確かにこっちが攻撃しづらいって心理もあるが、
攻撃が浅いのはそれだけじゃない。
人形特有の自由に回る間接が不可解な動きで攻撃を回避していた。
さらに

「…………」

涅槃雪がサポートで地属性の精霊魔法を撃つ。
大地が隆起し相手の身体を挟み込むようにして襲い掛かる。
しかし、それもするりと回避されてしまう。

「もともと回避性能が高めらしい、油断してっとこっちがやられるぞ」
「……ああ、そうみたいだな」

妹が脇から合図を送ってくる。
罠の設置は終わったらしい。

「出来るだけかき回して、後は一網打尽で行くか」
「ＯＫだ、マリアに感謝しろよ」
「後でな、俺らは動き回るぞ。体力は回復してやる」
「了解！」

「ぃやあぁぁ……」

槍の柄が大福を捉え、その……身体？が飛んだ。
動く気配はない、どうやら戦闘終了らしい。

「はぁ、何とかなったか」
「てか、この大福？もやたらちょこまかと……はぁ」
「上々ね。お疲れ様」
「…………」

リヴィングドール２体の方は、脇で倒れて動かない。
出来るだけ傷は付けないようにしたんだけどな。
動作が止まり際に

『オヤスミナサイ……』

って言われるのはドキッとするな。
もう一人のほうもその様子を見て

『テイシ……』

とか言うし。
なんか、寂しそうに感じたが……。

「まぁ、そんなことより……これでようやっと進めるわけか」
「あ、ああ。そうだな」

兄の言葉に視線を先に伸ばす。
そこは森が広がっている。
ここを出た先には街があるらしいが……どれくらいで出られるかな。

「まぁ、進もうぜ。俺らは進まなくちゃならないからな」
「……そうだな。進むしか、ないからな」

少し不安に駆られたが、兄の言葉で前を見直す。
そして、森に分け入っていった。