ENo.2161 アルビノン

◆第十八関門◆

＊風もないのに眠る彼女の枕元に置かれた
　赤き日記帳が開き、星空に読み聞かせる＊

～？月　１日　天気：？　？精日～

なんでこんな事に？
あたしはどこで間違えた？
結局、誰のせい？
分からない。
しかもそんなのどうでもいい。
彼は……彼はどこに？
彼のことしか考えられない。

死に物狂いで彼を探した。
いろんな人に聞いて回った。
髪も肌も服も白い人はどこですか、と。

彼は目に眩しいほど白いから目立ってもおかしくないのに、
目撃情報は無かった。

もう夜になってしまった。
ペンを走らせないと心が休まらない。
ペンを走らせても、心が休まることはない……。
ペンを走らせてたら眠れるわけがない……彼は、あたしの……。
アルビノン、どこにいるの。

～？月　２日　天気：？　？精日～

今日も死に物狂いで彼を探した。
いろんな人に聞いて回った。
髪も肌も服も白い人はどこですか、と。

目撃情報があったことであたしは泣きそうになった。
女の人と一緒に歩いてるのを見たという内容だったから。
理由は二つ。
あたしと完全に離れ離れになってしまったのではと
心のどこかで考えていたから、近くにいるという安息。
あたし以外の女の人と居るというのが嫌に不安を掻き立てた。
何か……何か大事なことを忘れている気がする。
そっちの事が気になってしまい、その女の事をこの足で調べた。
その女……なんと二人も居た。聞き耳を立てた。
けど、惚気話の一つもしてないどころか、
彼に関する話を何もしてなかったから、そっちの事は心配なさそうと一瞬思ったが、
二人だから話さないのかもしれない、
どちらかとくっついてるのかもしれないと思ったら、
不安で心臓が潰れそうだった。汗が体中から出てきた。
きもちわるくなって、すぐにその場を離れた。

歩きながらこんなもの書いてるんじゃなかった。
たしか最後の目撃情報だと、このへんに……
あのあのあのあのあのあの白い白白い白い白い
白い白い白いいのは白いの～～＝ート～つＭ・ー・ー・ー

＊このページは泥で汚れている＊

～(遭難)月　３日目　天気：？　？精日～

こわかった。昨日はアルを見つけたというのに、本人に声をかけられなかった。
彼が寝泊まりしている場所が判明したので、
そこに張り込んで、彼を尾行するしかなかった。

今日、最大の勇気を振り絞って彼に話しかけた。
しかも、あたしの本心に反して、
いつもより饒舌に話していた、いつもより気丈に振舞っていた。

いつもより責められると思った。いつもより罵られると思った。
いつもよりたくさんたくさん引っ叩かれると思った。
……そうして欲しかったのに……

彼は、あたしの脚にすがりついて泣きだした。
記憶が……無くなったといっていた。
彼は言っていた。
『自分を知っているのはあなただけだ』、と。

一番大事なことだったのに、
なんであたしは忘れてたんだろう。
本能が、泣いてはいけないと言っていた。
彼にあわせる顔がない……
この街の地図を渡して、
迷子だと決めつけてあの二人の女の次の移動場所を告げて
自分でも無責任だと思えるような言葉をたくさん押し付けて、
彼の元を離れ、尾行を再開した。
きっと彼はあたしだけが頼りだと、思ったから。
あたしだけが？はて？

……　……

……　……

たった６時間休んだだけで、だいぶ落ち着いた。
天気はいつも同じように見えるし（まだ三日目だから分からないけど）、
カレンダーもあたし達の居た世界とも違うようだ。
よってあたし達の世界で大事にされてきた精日（せいび）を確認できない。
今日があたし達の世界で何月の何日なのかを確認できない。
だから、何月何日か、今日が何精日（なんせいび）かなんて意味がないと思う。

きっとあたし達は遭難しているんだ。
遭難の日記を付ける。

今でも信じられない。
ここは明らかにあたし達の住んでいた世界とは別の世界だ。
それをあたしは認めている。
“ここ”は見たこと無いものばかりだ。
人間でない者と人間が普通に会話してたり、
動くはずがない物が動いてたり、
誰もが……よく分からないけど“遠くにいても以心伝心”的な物を……使えたりする。
それはアルにも教えておいた。

とにかくあたし達が元に居た世界の常識が通用しないようだ。

ああ、この三日間が夢であったら、どれだけ良かったことか。
でも、そう思うのも無責任だよね……。

あたしは元の世界で３～４年ぐらい色々と頑張ってきたけど、
それって何だったんだろうと思うくらい、自分が無力だって思った。

～(遭難)月　４日目　天気：？　？精日～

彼にあの行動をとらせたのは彼自身なのか、あたし自身なのか。
いずれにせよ、あたしも巻き込まれたからには、あたしのせいなんだろうな。

尾行を続けた。
彼は良く見たら５人の女となにかしらの関係を持ってるようだ。
よくつるんでるのは特定の２人だけのようだけど、あとの３人は協力者といった具合だろうか？
今はまだ本名など未判明の事柄も多いが、
危険度の順に記録していこう。
左の数字はあたしにも良くわからないけど、
この世界でよく使われる個人認識コードらしい。
あたしは“遠くにいても以心伝心コード”
略して……トーコードと呼ぶことにした。

2029 ルネ　危険度：30/100
アルはよくこいつに話しかけてる気がする。
こんな……頼りなさそうなやつが？まさか。
でも……なんか一番仲良さそうなのがこつなんだよね。
耳が長い。あと服装が赤成分が（あたしに及ばぬものの）高め。
なんか色々妬ましいので危険度を一位にしておいた。

1446 こはく　危険度：10/100
さも当然かのようにシッポがある。
でかすぎるだろう胸。あれは危険だ。
決してあたしの胸が申し訳程度の女の子だからではない。
っていうかこいつ良く見たら人間じゃないじゃん。
いったい何者……
っていうかあいつの胸よりでかいボトルのような物には一体何が入ってるんだ。

180 タオ　危険度：8/100
こちらもさも当然かのようにシッポがある……
と思ったらこちらも人間ではないらしい。騙されそうになった。
アルになんか酒のようなものを盛ってたと思ったら
酔わない類のエセ酒だったようだ。
でもアルを餌付けしているから要注意。
アルがこんな見た目からして犬みたいな奴に欲情するわけがないとは思うけど……
記憶を失ってから初めてこの世界を見たから、どうだか分からない。やっぱり不安。

630 レン　危険度：5/100
なんという毛むくじゃら。どう見ても人間じゃない。
行動パターンからしてアルが好みそうな性格ではない。
だが毛むくじゃらとはいえ
セクシーな格好をしているのでアルが誘惑されないとも限らない。
さっき書いたように、彼は記憶を失ってから初めてこの世界を見たからなあ。

604 ツキノメ　危険度：測定不能
いや、無いだろうこれは。モンスターじゃん、これ……。
最初見た時には、むしろあたしの頭のほうがおかしくなったのかと思った。
もう一つ疑問だったのが、なんでみんな……こんなのと同行してるのって事。
これが現実なんだ、この世界の常識って受け入れなきゃと思った。
あと、敵に回したらあたしなんかではまず勝てないタイプなのは間違いないだろう。
少なくとも彼がこいつに欲情したら世界の終わりだと思う。
こういうバケモノの類はどんな術（すべ）を使ってアルを搾り取るか分からない。
一番ありえないのかもしれないし、一番危険なのかもしれない。だから測りきれなかった。

……　……

……　……

アルがこの世界とのモンスターとの……いや、果物が筋肉ついてて動いてるのは常識なのかな？
とにかく、そのモンスターとの闘いのときに、見たことのない力をアルが発現していた。
彼は……なんでこんな力を行使できるんだろう？
いずれにしても、闘ってる時の彼は、あたしの知ってる彼ではなかった。
ひどく不安になった。