ENo.1744 雨情笠沙

「――つまるところ、ですね。
　文化圏という言葉の存在意義そのままに、
　それぞれ『違う』からこそ、
　それぞれ『常識的』だからこそ、
　今日在るあらゆる文化は花開き、存在出来たのだと思います。
　差異による特色、その色分けこそが文化の根本であるならば、
　そこに息づいた常識というイキモノは、決して国境を越えられはしないのでしょう。

　――けれど、私個人には国境が無い。この二本の足でどこにでも行けます。

　だから、ほら、とても簡単なことでしょう？
　責任の所在なんて明らかでしょう？

　私に常識が無いのではありません。
　常識が私をエスコートするには寸足らずだっただけのことです。
　せめて国境を越えて私を掴まえに来る程度の気概を見せて欲しい、そうは思いませんか？」

問いかけた先には何となく三歩引いたような引きつった笑顔。
足元が色々と赤いので動くに動けないその様子。
べりぃすとらいく。

「えっと……私が見せられたのは危害を加える現場だけなんだけど……捕まえるとしたら国家権力所属の公務員さんあたり、じゃないかな……」
「正当防衛です」
「でもでも、しれっと刺してたようなっ！」
「古今東西共通の常識でしょう？」
「なんの！？」
「精神は刺激を求め、肉体は刺撃を求めるのが人のサガですとも」
「人類総刺殺志願！？　現代っ子もそこまで歪んでなくなくない！？
　穏やかな老衰とかそんな人生もあるんじゃないかな！？」
「そうですか？　『刺さる』という点においては生々しく卑近な例があるじゃありませんか。
　私たちの肉体の特定部位に、極めて局地的なシチュエーションにおいてのみ、こう……ずくっと、刺さるモノが。ねぇ？
　ん～？　知らないとは言わせませんよ、その歳にもなって」
「え……えと、あはははは、ワタシニハナンノコトヤラ」
「まったく針治療は人類の英知ですよねー」
「うわぁ清々しいしいまでに白々しい！？　というか何その名状し難いにやにや笑い！　ドヤ顔寸前でこらえてる感がすっごいイラっとくる！」
「というわけでよろしくどうぞ、もげ子さん」
「もげっ……え、な、……もげ子ぉっ！？
　これっぽっちも意味が入ってこない上に字面だけでも絶望しか湧いてこないよ！
　それに予想以上に口が回りにくいしいったい誰の何の願いを受けてこの世に生まれてしまった名前なの！？
　あと念のため言っておくけど本名と被ってる部分無いよ！　『子』の部分すら外しちゃってるってどういうこと！？
　っていう諸々以前になんでこうまで果てしなく最悪のタイミングでよろしくされちゃってるの！？　のの！？」

なんて長く、そして律儀な総突っ込み。
ああ素晴らしいですもげ子さん。
うん。
もう彼女はもげ子さんにしか見えません。
というかこれがもげ子さん以外の誰だと言うのでしょう。
でぃすいず、あ、もげー子。
ぱーふぇくとぅ。

「掴みはオーケイです」
「それ物理的な掴みっ！　え、ちょ、無意味に力強いっ！？　悲しいくらい足取りに迷いが無い！？
　これ拉致！？　誘拐！？　校舎裏へごーとぅーへるコース！？」
「共に新入生、一緒のクラスだといいですねー」
「もっと性質の悪い死亡フラグ立っちゃった！
　うわあああ、なんかもう……なんかもう色々ひどいよ雨情さんっ！」

そんなこんなで
非常に無常な雨情笠沙。
新生活開幕初日、さっそく友人げっと、ということで。